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浅草神社(三社様)と浅草寺の違いとは?神仏分離の歴史・御朱印・被官稲荷と参拝ルート (2026)

作成:Omikuji Japan 編集部
浅草神社(三社様)と浅草寺の違いとは?神仏分離の歴史・御朱印・被官稲荷と参拝ルート (2026)

「浅草寺の本堂から東へ徒歩わずか30秒。石鳥居の先に静かに鎮座する『浅草神社(三社様)』こそ、浅草寺を創建した3人の功労者を神として祀り、江戸三大祭『三社祭』を主催する神社です。」

年間約3,000万人が訪れる東京・浅草において、雷門と仲見世通りを抜けた先にある金龍山浅草寺は誰もが知る仏教寺院ですが、その本堂のすぐ右手(東隣)に独立して鎮座する浅草神社(通称:三社様)を見落とす参拝者は少なくありません。「浅草神社と浅草寺は何が違うのか」「三社祭はお寺と神社のどちらのお祭りなのか」「お参りの拍手や御朱印帳はどう使い分けるべきか」という疑問に対し、推古天皇36年(628年)の隅田川創建伝承から明治時代の神仏分離、関東大震災と東京大空襲を奇跡的に生き抜いた慶安2年(1649年)建立の重要文化財社殿、出世開運の被官稲荷神社と良縁の夫婦狛犬まで、原典に基づき体系的に解説します。

この記事の要点:浅草神社(三社様)と浅草寺の4つの重要知識

  • 神道と仏教の明確な違い:浅草寺は聖観世音菩薩を本尊とする仏教寺院(合掌・拍手なし)であり、浅草神社は浅草寺創建の3人を祀る神道の神社(二拝二拍手一拝)です。
  • 「三社祭」は浅草神社の例大祭:毎年5月の第3土曜日を基点とする金・土・日曜日に斎行される江戸屈指の荒神輿祭礼「三社祭」は、浅草寺ではなく浅草神社(三社権現)の例大祭です。
  • 戦災を免れた1649年建立の重要文化財:徳川家光が慶安2年(1649年)に寄進した権現造の社殿は、震災と戦火を免れて現存する国の重要文化財です。
  • 御朱印と境内名所:社務所(平日9:00〜16:00/土日祝9:00〜16:30)で浅草神社・被官稲荷・恵比須の御朱印(初穂料各500円)を拝受でき、境内の夫婦狛犬と被官稲荷神社も必見です。

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1. 浅草神社(三社様)と浅草寺の決定的な違い(一覧比較表)

浅草神社と浅草寺の最大の違いは、浅草寺が聖観世音菩薩を本尊とし1958年再建の鉄筋コンクリート造本堂で拍手を打たず「合掌」する聖観音宗の仏教寺院であるのに対し、浅草神社は628年にその観音像を見出し奉安した3人の実在人物を祀り、慶安2年(1649年)建立の重要文化財木造社殿で「二拝二拍手一拝」を行い5月の「三社祭」を主催する神道の神社である点にあります。

比較項目 浅草神社(三社様) 金龍山 浅草寺
宗教・区分 神道(神社)・旧郷社(浅草総鎮守) 仏教(寺院)・聖観音宗総本山
御祭神/御本尊 土師真中知命・檜前浜成命・檜前武成命(三柱) 聖観世音菩薩(絶対秘仏)
現在の本殿・本堂 慶安2年(1649年)建立の木造権現造(国指定重要文化財・戦災焼失なし) 昭和33年(1958年)再建の鉄筋コンクリート造(1945年東京大空襲で旧国宝本堂が焼失)
正しい参拝作法 二拝二拍手一拝(鳥居で一礼し、拍手を2回打つ) 合掌一礼(常香炉で身を清め、拍手は打たず静かに手を合わせる)
代表的な祭礼 三社祭(5月第3土曜日を基点とする金・土・日/本社神輿3基が渡御) 金龍の舞(3月18日示現会・10月18日菊供養)、四万六千日(ほおずき市)
おみくじ・御朱印 神社おみくじ(初穂料100円〜・鯛みくじ等)、御朱印500円(平日9:00〜16:00/土日祝16:30迄) 観音百籤(冥加金100円・凶30%)、影向堂にて御朱印授与

日本全体の神社とお寺の根本的な見分け方や歴史的背景については、神社とお寺の違い完全ガイドもあわせてご覧ください。

2. 628年の隅田川創建伝承と明治「神仏分離」の歴史

浅草神社と浅草寺はもともとひとつの信仰共同体から生まれており、推古天皇36年(628年)3月18日に隅田川で観音像を引き揚げた漁師兄弟とそれを見極めた郷土の知識人の計3名を「三社権現」として浅草寺境内に祀ったものが、明治元年(1868年)の神仏分離令を経て明治6年(1873年)に「浅草神社」として独立した歴史を持ちます。

なぜ「三社様」と呼ばれるのか?御祭神である3人の功労者

『浅草寺縁起』および浅草神社の社伝によれば、推古天皇36年(628年)3月18日の早朝、宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていた檜前浜成(ひのくまのはまなり)・檜前武成(ひのくまのたけなり)の兄弟の網に、一体の黄金の仏像がかかりました。魚ではなく見慣れぬ像であったため何度川へ戻しても再び網にかかり、兄弟が土地の長で学識豊かな土師真中知(はじのまつち/まなかち)に相談したところ、慈悲深き聖観世音菩薩の尊像であることが判明します。深く感銘を受けた土師真中知は剃髪して自宅を寺に改め、生涯観音像に奉仕しました。これが浅草寺の開創です。

その後、観音様から「我を世に出した3人を神として祀れば、この土地は永く栄えるであろう」との夢告があったと伝えられ、土師真中知命・檜前浜成命・檜前武成命の三柱を祀る「三社権現社(さんじゃごんげんしゃ)」が創建されました。「三社様(さんじゃさま)」という親しみ深い通称と、浅草神社の社紋「三網紋(みつあみもん=漁網を象徴する神紋)」は、この628年の実話に由来しています。

1,200年続いた神仏習合と、明治6年(1873年)「浅草神社」への改称

平安時代から江戸時代末期まで約1,200年にわたり、三社権現社は浅草寺の鎮守社として僧侶と神職が共に奉仕する神仏習合の姿を守り続けました。しかし慶応4年/明治元年(1868年)に明治新政府が発した神仏分離令(神仏判然令)により浅草寺から分離独立し、まず「三社明神社」へと改称。さらに明治6年(1873年)、浅草郷の総鎮守として現在の「浅草神社」に正式改称されました。制度上は寺院と神社に分かれた現在も、三社祭の際には神輿が浅草寺本堂前を巡るなど、1,400年近い絆は浅草の街に息づいています。

3. 奇跡的に戦災を免れた慶安2年(1649年)権現造社殿と境内名所

浅草神社の社殿(本殿・幣殿・拝殿)は、慶安2年(1649年)に江戸幕府第3代将軍・徳川家光が寄進した木造権現造の建築であり、1923年の関東大震災と1945年の東京大空襲を奇跡的に免れて昭和26年(1951年)に国の重要文化財に指定された都内屈指の江戸初期木造建築で、境内には良縁・夫婦和合の「夫婦狛犬」と立身出世・就職成就の末社「被官稲荷神社(1855年創建)」の二大名所も鎮座しています。

  • 国指定重要文化財「権現造」社殿(1649年建立):本殿と拝殿を石敷きの「幣殿(石の間)」で連結する権現造の様式をとり、極彩色の霊獣(麒麟・飛龍・鳳凰)彫刻が軒下を彩ります。隣の浅草寺本堂や五重塔が昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲で焼失した中、わずか数十メートル隣の浅草神社社殿が焼け残った事実は「三社様の御神威」として今日まで語り継がれています。
  • 良縁・夫婦和合の「夫婦狛犬(めおとこまいぬ)」:正面鳥居をくぐって右手、神楽殿の横(奥の植え込み)に鎮座する一対の石造狛犬です。通常の神社の狛犬は参道の左右に離れて向かい合いますが、浅草神社の夫婦狛犬は2体が肩を寄せ合うように同じ台座の近くに並んで座っている全国的にも珍しい姿から、恋愛成就・良縁・夫婦円満の象徴として篤く信仰されています。
  • 出世・就職祈願の「被官稲荷神社(ひかんいなりじんじゃ)」:本殿の右手奥(北東側)に鎮座する末社です。安政元年(1854年)、江戸町火消「を組」頭取として名高い新門辰五郎の妻が重病に倒れた際、京都の伏見稲荷大社へ平癒を祈願して快復した御礼として、翌安政2年(1855年)に御分霊を勧請して創建されました。「被官(官位・役職を被る)」の社名から立身出世・就職成就・商売繁盛の守護社として知られ、この小社殿も東京大空襲の戦火を免れた江戸末期の貴重な木造建築です。

4. 浅草寺と浅草神社を巡る正しい参拝ルート・御朱印と三社祭

浅草を正統な礼儀で巡る理想の参拝ルートは、雷門・宝蔵門を経てまず浅草寺本堂で拍手を打たず「合掌」し、続いて本堂東隣の石鳥居から浅草神社へ入って手水で清め「二拝二拍手一拝」で参拝した後、社務所(平日9:00〜16:00/土日祝9:00〜16:30)で御朱印(初穂料各500円)を拝受する4ステップであり、毎年5月の第3土曜日を基点とする金・土・日曜日に斎行される江戸三大祭「三社祭」も浅草寺ではなくこの浅草神社の例大祭です。

一

浅草寺本堂で「合掌一礼」(拍手は打たない)

雷門と仲見世通りを進み、宝蔵門をくぐったら常香炉の煙で心身を清め、浅草寺本堂の聖観世音菩薩へ拍手を打たずに静かに両手を合わせる「合掌」でお参りします。観音百籤のおみくじ(100円)を引く場合はこのタイミングで行います。

二

本堂右手(東隣)の石鳥居から浅草神社へ入り、手水で清める

浅草寺本堂の正面に向かって右側へ30秒ほど歩くと、浅草神社の大きな石鳥居が現れます。鳥居の前で軽く一礼し、参道中央(正中)を避けて進み、手水舎で左手・右手・口・柄の順に清めます(詳しい手順は手水の作法ガイド参照)。

三

拝殿で「二拝二拍手一拝」し、夫婦狛犬と被官稲荷神社へ参拝

浅草神社は神道の神社ですので、拝殿前では深く2回お辞儀(二拝)し、胸の前で2回柏手を打ち(二拍手)、感謝を祈念してから最後に深く1回お辞儀(一拝)します。参拝後、境内の夫婦狛犬と本殿右奥の被官稲荷神社へも順にお参りしましょう。

四

社務所(平日9:00〜16:00/土日祝16:30迄)で御朱印を拝受・5月は「三社祭」を体感

拝殿右手の社務所では、浅草神社・被官稲荷神社・浅草名所七福神(恵比須神)の御朱印を初穂料各500円で拝受できます(受付は平日9:00〜16:00/土日祝9:00〜16:30、祭典時等は書置き対応あり。マナーの詳細は御朱印の集め方とマナー参照)。また毎年5月の第3土曜日を基点とする金・土・日曜日の例大祭「三社祭」では、三柱の御祭神を乗せた本社神輿3基(一之宮・二之宮・三之宮)と町内神輿約100基が浅草氏子44ヶ町を勇壮に渡御します。

5. 浅草神社の参拝時間・初穂料・アクセス基本情報

浅草神社(東京都台東区浅草2-3-1)は各線「浅草駅」から徒歩約7分・浅草寺本堂東隣に位置し、境内は24時間参拝自由(拝観無料)、社務所(平日9:00〜16:00/土日祝9:00〜16:30)での初穂料目安はおみくじ100円〜・通常御朱印各500円です。

社名・社格 浅草神社(通称:三社様/旧郷社・浅草総鎮守)
御祭神 土師真中知命・檜前浜成命・檜前武成命(相殿:東照宮・徳川家康公)
参拝・社務所時間 境内参拝:24時間自由(社殿扉の開扉は日中)/社務所・御朱印・授与所:平日 9:00〜16:00/土日祝 9:00〜16:30(祭典・行事により書置き対応や変動あり)
初穂料の目安 通常御朱印(浅草神社・被官稲荷・恵比須):各500円/普通おみくじ:100円(鯛みくじ等は300円)
所在地・アクセス 東京都台東区浅草2-3-1(東京メトロ銀座線・都営浅草線・東武スカイツリーライン「浅草駅」より徒歩約7分、浅草寺本堂すぐ東隣)

浅草の喧騒から一歩足を踏み入れるだけで、江戸初期の彫刻美と穏やかな祈りの空気に包まれる浅草神社。東京の代表的な名社をさらに巡りたい方は東京のおすすめ神社ガイドや全国神社名鑑も参考に、浅草寺と三社様の両方へ心を込めてお参りしてみてください。

よくある質問

浅草神社(三社様)と浅草寺はどう違うのですか?同じ敷地にある理由は何ですか?
浅草寺は聖観世音菩薩を御本尊とする仏教寺院(聖観音宗総本山)であり、本堂の東隣に鎮座する浅草神社(通称:三社様)は推古天皇36年(628年)に隅田川から観音像を拾い上げて浅草寺を創建した3人の実在人物(土師真中知命・檜前浜成命・檜前武成命)を祀る神道の神社です。江戸時代まで一体として信仰されていましたが、1868年の神仏分離令によって独立し、1873年(明治6年)に浅草神社と改称されました。
浅草神社と浅草寺では参拝作法(拍手の有無)や三社祭の主催はどう異なりますか?
お寺である浅草寺本堂では柏手(拍手)を打たず静かに胸の前で「合掌」しますが、神道の浅草神社では「二拝二拍手一拝(2回お辞儀・2回柏手・1回お辞儀)」でお参りします。また、毎年5月の第3土曜日を基点とする金・土・日曜日に斎行される浅草最大の祭礼「三社祭」は、浅草寺ではなく浅草神社の例大祭です。
浅草神社の御朱印の受付時間・初穂料や、境内の被官稲荷神社・夫婦狛犬の見どころは?
浅草神社の境内は24時間参拝自由ですが、社務所での御朱印・お守り授与時間は平日9:00〜16:00・土日祝9:00〜16:30(行事により書置き対応や変動あり)です。通常御朱印は浅草神社・被官稲荷神社(1855年勧請、出世開運)・浅草名所七福神(恵比須神)の3種があり初穂料は各500円です。慶安2年(1649年)建立の国の重要文化財社殿や、2体が寄り添う良縁の「夫婦狛犬」も必見です。

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